夢コーポレーション新卒採用サイト

岐阜県山県市。山や川など豊かな自然に囲まれた地域である。ここに新店舗の計画が持ち上がった。パチンコの社会的なイメージは近年確かによくはなってきているが、まだまだ従来のイメージが払拭されているわけではない。「パチンコホールは社会や地域に浸透していける施設であり、地域に密着し、住民のみなさまと関わりを持つことでそのイメージを変えることができる」。山県市にグランドオープンする店舗は、「地域のコミュニティホール」を実現すべく動き出した。
このストーリーは、そのような新しいコンセプトのもと、地域になくてはならないパチンコホールを目指し、岐阜県山県市に新店舗をオープンするために関わった者たちのドキュメンタリーである。

大いなる目標を持ってスタート。

店舗が、「地域のコミュニティホール」として確立するためには、経験豊富な人材が必要であった。そこで数々のグランドオープンを経験してきた浦安店ストアマネジャーの廣出に白羽の矢が立った。初代ストアマネジャー(店長)に指名された彼は、すぐさまオープンの地、岐阜県山県市にやって来た。
それはグランドオープンの5カ月前。自然の豊かさに感嘆する一方で、「地域のコミュニティホール」を目指すという命題にあらためてその責任の重さを感じていた。
岐阜市内のホテルに10日間泊まり込み、店舗の立地、競合店の状況をチェック、また客層の把握に努めた。競合店には日々、昼夜足を運び分析。ほとんどの店舗はお客様の獲得に苦戦しており、「業績を出すためには、地域密着がキーポイントだ」と、高富505店独自のコンセプトの正しさを実感したという。

戦略的な店舗だからこそ、
優秀なスタッフを選りすぐる。

まずはその戦略的店舗のスタッフを決めなければならない。誰が適任であるかを廣出は考えた。最初に自分の片腕として、以前労働組合で執行委員として一緒に活動していた麻生義治を選ぶ。温和な性格でありながら粘り強くオトナの対応ができる人柄が、大切な市や各団体、地域住民とうまく対話・交渉ができるはずと読んだのである。そしてスロットのスペシャリスト平瀬、会社が推進する「グッドサービス」の担い手である福﨑、その補佐役兼オープニングスタッフの教育担当として二ノ宮、全体を引き締める統率役の花倉を抜擢。そうそうたる顔ぶれのアシスタントマネジャーとなった。また現地採用以外の正社員スタッフは一定水準の業務スキルを持つ者が全国から集められたのである。

さらには全国で新規オープンしたパチンコ・スロット店に足を運び、内装デザインやパチンコ台の傾向を調査し、特に繁盛しているホールはその理由を探る。流行るのには他店とは違うなにがしかの要因があるはずだからだ。それらをチェックしたことが、高富505店運営に大いに役立つこととなる。当時営業部長であった宮﨑も協力し、ホールのレイアウトや台の選定、台数の決定等も同時に行っていった。現地は、人口減少や高齢化が進み、パチンコ人口もそれほど多くはないという調査結果。当初の想定でも、集客は楽観視できないというものであった。

まずはオープンする地域を知ることから始めた。

地域密着を掲げるには、その地域を深く知らなければならない。「オープンするこの地域はどんなところかをまず体感しよう」と廣出は考えた。
山県市には「三名山」と呼ばれる市民に親しまれている山があり、その一つに先ず一人で登山を決行したのである。そこは遭難者が多く、地域でも問題となっていたということであった。それは後で語ることにしよう。
店舗建設予定地にプレハブの事務所を設置後、赴任したアシスタントマネジャーたちと共に再度登山を敢行し、頂上からの景色の素晴らしさを実感した。そしてスタッフ全員が揃っての最初の仕事が地元の川に遊びに行くことだった、と廣出は振り返る。
「一日中、ドライブをして観光地をめぐったり名物を口にしたりと、山県市の自然、素晴らしさを実感することで、よりそこを好きになってもらいたかったからだ」と。そしてその体験が地元の方とのコミュニケーションのなかできっと生かすことができると思ったからである。

地域のテレビ番組を制作し、
地域の方々をクローズアップ。

地域の皆様に夢コーポレーションという会社、夢屋というホールを認知していただき受け入れてもらうために、当社がスポンサーとなりテレビ番組を制作、放送するということが決まった。当初はホールをオープンするまでのドキュメンタリー番組という設定だったが、宮﨑が待ったをかけた。
「もっと地域の方々にスポットをあて、その地域の素晴らしさをアピールするべきだ。そうすればみなさんに喜んでもらえる」と。
言うまでもなく廣出も同じ考え方であったので即断、地域で活躍する人物にスポットをあてる番組内容に変更し、夢屋も会社のことも一切番組内には出さないことにした。

地域への認知活動、信頼関係構築を目指した。

地域住民の一部の方しかパチンコはやらなくても、住民の方すべてに「夢屋」を認知していただき、好きになってもらいたい。そんな思いから、地道な活動が始まった。地元の商工会議所にも加盟し、当社の考え・コンセプトを地元の企業にプレゼンをして、理解していただくように努めた。今までも、夢屋としてそれぞれの地域に密着した活動は行っていたが、今回はさらにもっと広く深く関わっていこうという考えがあったために、より地域の企業との連携が求められていたのであった。
地域に住んでいる、あるいは仕事等の理由でこの地域に出入りするすべての人、つまり地域に関わるすべての人を顧客と定義づけ、そのホールに関わるすべてのスタッフも同じ住民であるという考え方からであった。

山県三名山に登り、道標を設置。

以前、廣出が登った山は遭難者が多いことで有名だった。そこで地元の女子大のワンダーフォーゲル部にご協力いただき、山の清掃と同時に、遭難しないための道標を設置した。さらには地元の「美山いかだ川下り」という手づくりいかだを川に浮かべて武儀川を下るイベントにも参加。地域との関わりを深くするための努力は続いた。

ホールに地域の人が集まれる場をつくる。

夢屋の目的のひとつが、地域の抱えている問題を解決するためのお手伝いをさせていただくことだった。例えばご高齢の方々の中には、テレビを観るだけでずっと部屋にこもっている人、人との関わりが減り寂しい人、一人暮らしの人などがいらっしゃる。そのような方々が他の人とコミュニケーションがとれる場所、趣味の合う人と楽しめる場所としてパチンコホールを利用していただくことを考えた。例えばみんなと一緒にスポーツ観戦ができる場所として提供をしてはどうか。相撲や高校野球も一人より、多くの人と観戦することで感動を共有し盛り上がれ、顔見知りができる。そんな人と人とのつながりのきっかけづくりや、人と地域のつながりが図れる。店内の配置は遊戯台の数を確保するより、そういったコミュニケーションがとれる広い場所を優先したのである。そこには大型テレビを配し、両サイドには地域情報や地元のお店紹介、店舗からの様々な発信物を掲示した。お店紹介は店舗スタッフがそのお店に直接取材に行ってレポートするなど、より親密度を感じてもらうようにした。

グランドオープンの約1カ月前に全国から正社員が着任。地元への働き場所提供のために山県市内と周辺で準社員(アルバイト・パート)を採用していった。特に高齢の方が多い地域に根ざす店舗づくりに向け、どの年代の方にも対応できるユニバーサルマナー研修を全スタッフが受講。この取り組みは高齢者に限らず、すべてのお客様が安全に安心してホールで楽しんでもらえる店づくりのための夢屋初の取り組みであった。これは好評を博し、現在、夢屋の他のホールにも浸透しつつある。

グランドオープンの広告を一切やめ、
そしてオープン日を変更。

本来、パチンコ店のグランドオープン時には、テレビ・ラジオ・チラシなどで広範囲に大々的に広告展開するのが業界の常識だった。しかし、「まずは地域の方に優先的に楽しんでいただきたい」という考えがあったために敢えてそれをしなかったのだ。またそれはある意味で業界での大きな挑戦でもあった。当初は社内でも反対意見があったが、廣出や麻生の熱意でそれを認めさせたのである。彼らは住民が多く集まる店舗や場所で店舗オープンの情報を流すなど、クチコミを期待してオープンPRを行った。また山県市全域をクルマで周り、住民の方がパチンコをするしないにかかわらず一軒一軒オープンの告知と店舗の方向性・あり方を伝えていった。
努力は報われるものである。グランドオープン当日は、広告を行ったケースと同等もしくはそれ以上のお客様にご来店いただけたのである。また一般的にオープン後は客数が徐々に減って行くものだが、ここでは逆に来店数の伸びを記録し、クチコミの持つパワーのすごさを実感した廣出と麻生だった。

苦労の末、ホールの駐車場での
朝市をスタート。

また、地元の農業の発展のために力を貸せないか、と彼らは考えた。農家の人たちのもっと地元の人たちに食べてもらいたいといったニーズと地元の主婦層が地元の新鮮な野菜を手に入れたいといったニーズとを結びつけること。それが農作物の朝市である。
初めての試みであるが、思いついたが吉日、すぐに実行に移した。しかし、なかなか思い通りに事は進まなかった。市役所やJAにもその旨をプレゼンに行ったがけんもほろろに門前払い。すでに直売が行われている道の駅や野菜を取り扱っている団体へ伺ったり、はては直接農家一軒ずつ回ったりと、あらゆることを試みたがいい返事はいただけなかった。
この企画はもう無理だと半ば諦めそうになった時、たまたま飛び込んだ企業、地元山県市の会社・WSBバイオの藤原社長と出会ったのである。社長は我々の「山県市を盛り上げたい!」という考えに共感、意気投合していただけたのである。そこでWSBバイオの全面協力のもと、店舗の駐車場の一部を利用して「軽トラ朝市を開催。地域の方々で賑わう新たなコミュニティを生み出したのである。スタート後は連日大盛況。当初、否定的であった市役所もその様子をみて、半年後にはコラボ開催を提案、野菜コンシェルジュを派遣していただくなど、活気の朝市となったのである。

努力すると人脈は広がるものだ。山県市で障がい者の生活を支援している社会福祉法人あしたの会の伊藤さんにも出会った。その施設の方々がつくったクッキーがとてもおいしかったので、パチンコの景品にさせていただいた。お客様にも評判で、のちに「景品になってみんな喜んでいたよ」という連絡を受けた。とてもすがすがしい気持ちになった。

麻生が店舗近くの山県警察署に書類を提出する際によく通る地下道がある。そこがとても空虚で暗いイメージを持っていた。この地下道をもっと明るくしてここを通る人誰もが楽しくなるようにしたいと考えた。そこで管轄の県庁と市役所に相談、近くの高富中学校の文化部の生徒さんを紹介していただき、壁画を描いてもらうこととなった。地下道にある蛍光灯もキレイに掃除をして明るくなり、壁画は山県市の自然、キャラクター、名産物が描かれ、とても明るく楽しいものとなった。

なによりも地元の方から、「パチンコホールがここまでやるとは思わなかった」、「イメージが変わった」という言葉をいただくことが大きな喜びであり、やってきたことの手応えも感じ始めていた。会社自体もこういった活動の成功を鑑み、高富505店のケースを参考に、地域密着のコンセプトを今後の店舗展開に大きく反映させていくことになった。なんといっても「夢屋」の認知度、信頼度を上げていくことは重要で、これから入社する若いスタッフの双肩にかかっているとも言えるのだ。

現在、エリアマネジャーとして活躍。千葉、群馬、栃木、福島にある7店舗を統括するためにクルマで移動する毎日。学生当時はマスコミ志向であったが、自分の可能性を生かせそうなアミューズメント業界に身を投じる。イタリアが好きで結婚式や海外旅行で何度も訪れている。

旅行代理店、ホテルと接客業を経験後、2006年中途入社。廣出とともに高富505店の地域に受け入れてもらう努力を積み重ねてきた。廣出異動後、あとを託され、より地域に入り込んだ展開を図る。3人の子どものお父さんで、長男の柔道観戦が楽しみだという。